Girls’ night out, 2022, winter. | 2024 | Braille Book+photo+clear-tape with braille+Audio (53:30min)|

制作: 2022-2024
制作地: 日本

2022年冬、その女子会はこのようであった。

複数の知覚文化、身体感覚の錯綜の先に、閃光のように「味覚ー嗅覚ー触覚」のシナプスがつながり、自他、そして今在る自己身体の領土を飛び越えていく瞬間を探る。
身体の可能性がいつだってその先に拓かれていることを分かち合いたい。
他者の身体知に敬意を払いながら、時にそれを借りて、私たちは身体と知覚を拡張し、シナプスを拡張し、きっと生き延びていくことができるだろう。(八幡亜樹)

対談:マコト(M)
秋本可愛(K)

触読・朗読:吉田あゆ美(M)
安井絢子(K)

協力:京都ライトハウス
九条Tokyo
一般社団法人HAPS
沢田朔
高内洋子(アトリエみつしま)

<本作について>
白紙に見える冊子が開かれている。それは、COVID-19によって味覚・嗅覚に障害が残った女性ふたりが、互いの感じる(ない)味・匂いについて語り合った「女子会」の内容を点字に起こした「台本」である。そしてヘッドホンからは、その台本を視覚に障害を持つ女性ふたりが触読し、声に出して読んだ音声が流れている。台本にはその際の様子をおさめた写真がとめられている。壁面には点訳された会話のキーワードが刻印された粘着テープによって、触読しているふたりの手を写した写真が掲示されている。

点字の存在は、ともすれば女子会の内容についての情報保証であるように見えるかもしれないが、実のところそれは視覚障害に対する「配慮」ではない。ここでは味覚・嗅覚に起きた目に見えない障害を、目の見えない人が追体験しているが、その方法が「肉声」ではなく、わざわざ点字を使った「台本」、すなわち「触覚」をもって行われていることに注目しなければならない。触読という行為は第一に文字を認識するための手段だが、ここでは指先がオルタナティブな感覚器官たりうる可能性が重ねられている。

八幡が関心を持つ「手食(触覚)」、すなわち手指そのものを使ってものを食べる行為は、味覚・嗅覚障害という特異な後遺症に対して、その障害を物理的・神経学的に補完し、触覚がその概念を「通訳」する可能性を秘めているのだという。本作において、味覚・嗅覚障害を語ることばは点字へと「通訳」された。それは「情報」として伝達され、最後は声として私たちに知覚される。その際にともすれば見過ごされがちなのは、「触覚」のポテンシャルである。感覚の欠落を他人に伝えるためのことばを伝達する方法として触覚を選択することは、触覚そのものが持つ、欠落した感覚を補完する可能性の暗喩だ。言い換えれば、特定の感覚の「なさ」が常に別の感覚による「通訳」の可能性に開かれていることが、ここでは表されている。
「感覚」を他者と共有することは難しい。その「なさ」となれば尚更だ。人は、他人の感覚を自らの身体で味わうことはできない。その代わり、他人の感覚を、主にことばを通して「情報」として借りている。だが、もしも私たちに、さらなる感覚を知覚できる器官がすでに備わっているのだとしたら。この作品に登場する人が抱えている障害が、まだ彼女らが獲得していない感覚によって補完されるとしたら。人が「感覚」を共有する可能性は、共に新しい感覚を獲得していくことこそに宿るのかもしれない。
(沢田朔・アートマネージャー)